[想い伝えて] 1

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「決着を付けよう」
 わたしは家のベッドで寝転がりながら、リボンを見つめていた。
 これは風光(かざみつ)……いや、明信(あきのぶ)君が、わたしの為に焼いてくれたクッキーを包装していたものだ。

 数時間前。
 彼と彼の妹、ふゆなちゃんはこの家にやたらと感心していた。
「うわ! 玄関も広っ! しかも床、大理石かよ!」
「見て見て! 天井にシャンデリア! すっごーい」
 わたしは戸惑う。こんな滅多に人のいない、ただ広いだけのがらんとした家がそんなに良いものなのだろうか。
 彼がつぶやく。
「委員長ってお嬢様だったんだなぁ……」
 その評価はよく解らない。
「ふむ。君がそう言うのなら、そうなのだろう」
 彼は屈託なく笑う。
「さすが委員長。なんてか、とにかくすげぇぜ」
 彼は体を翻し、手のひらをいつものように上下にひらひらと振った。
「じゃ、俺たちは帰るよ。また明日な」
 ふゆなちゃんもポニーテイルを揺らして、後に続く。
「それじゃあ、涼夏(りょうか)さん、失礼しまーす!」
 わたしは彼らの見送りを逡巡した。
 まだ、行かないで欲しい。
 そう思った。
 次の瞬間には身体が動いて、彼の制服の裾をつまんでいた。
 彼が、ん? と言ってわたしをチラリと見る。
 できるだけ冷静を装って、なんとか短い言葉を紡いだ。
「よければお茶でもどうだ?」
 真っ直ぐ彼の瞳を見つめる。優しく綺麗な目だ。
 彼はすぐに視線を外した。顔が赤くなっている。
「え、でも……」
 ふゆなちゃんが彼を引き留めに入った。
「わーい! ね、ね! いいじゃん! いいじゃん! まだそんなに遅くないしー、家には連絡しとくからさー」
 溜息混じりでつぶやく明信君。
「しかたねぇな。ったく」
 彼はわたしに向き直った。
「ありがとう。でも、ホントにいいの?」
「ん、なぜだ?」
 彼はわたしの髪を見て、微笑む。
「いや、委員長は先に風呂に入ったほうが良さそうだからさ。ずぶ濡れだったんだろ。風邪ひくぜ」
 そうだ。今日は色んな事があったので、忘れていた。
 確かにわたしの髪は、まだ完全には乾いていないし、制服も雨で濡れたままだ。
 思い出すと急に寒気がしてくる。
「ああ……。そうだな。ありがとう。じゃあ、悪いが少しわたしの部屋で待っていてくれ。こっちだ」
 明信君は本当によく気の付く男だ。それがなぜなのか、ずっと気になっていた。
 しかし今日、その答えが解った気がする。やはり、ふゆなちゃんがいるからだろう。
 兄妹か。良いな……。
 わたしは彼らを連れて、階段を登った。

「うわー! やっぱりここも広ーい! わ、ベッドもおっきいー!」
 彼女がわたしのベッドに飛び乗ろうとした。
 だが、それを明信君が腕を引っ張って制した。
「こら! もう、おまえは。委員長が良い人だからって甘えんなよ」
 わたしは微笑んだ。
「いや、良い。自由にくつろいでいて欲しい」
「あ、ああ。ごめんな」
 わたしは軽く頷いて、クローゼットに入る。
 着替えの普段着を持って出た。
 すると、ふゆなちゃんの輝く目があった。
「うわー! うぉーくいんくろーぜっとだよ! すごいなー! いいなー!」
 明信君が頭を横に振って、溜息を吐いている。
 彼女は続けた。
「あーあ。あたし、涼夏さんの家に生まれたかったなー」
 わたしは曖昧に微笑んでしまう。
「そうだな……。わたしも君みたいな妹が欲しかった」
 もしそうならば、わたしも孤独では無かったかも知れない。
 ふゆなちゃんの頬に手をやる。
 その触れた部分が、急に熱くなった。紅潮しているのだろう。
 勝ち気そうなつり目が、驚いたようにわたしを見上げている。可愛い。
 わたしは、ふと閃いた。
「そうだ。ふゆなちゃんと一緒にお風呂というのも良いかも知れない。良いかな、明信君」
 彼らは同時に驚く。
 明信君が戸惑いながら、答えた。
「え、そりゃ委員長がいいなら全然構わないけど……でもそんなに甘やかさないでくれよ」
「良いじゃないか。こんな機会は滅多にないのだから」
 ふゆなちゃんは、純粋に喜んでいる。
「わーい! 今日は嬉しい事がいっぱいだー」
 急に彼女は何か思い付いたようだった。明信君のそばに駆け寄ると小声で何事か囁いた。
 彼が真っ赤になって怒った。
「どっちもしねぇよ! とっとと行け! 委員長に迷惑掛けんじゃねぇぞ!」
 彼女はくすくすと笑いながらわたしのそばに来た。
 わたしが怪訝そうな顔をすると、彼女はわたしの手を引っ張った。
「いいの、ちょっと注意しといただけ! 行きましょ、涼夏さん」
「あ、ああ。じゃあ、明信君。また後で。ゆっくりしていてくれ」
 わたしは彼に背を向けると、彼の真似をして手をひらひらと振って見せた。
 彼は気付いただろうか。

 わたしとふゆなちゃんは、バスルームの脱衣所にいた。
 わたしはまず、眼鏡を取って洗面台に置いた。湯は眼鏡の大敵だと眼鏡屋に聞いて以来、ずっとそうしている。
 視力は確かに良くはないが、外したからと言ってものが見えなくなるわけではない。単にちょっと世界がぼやけるだけだ。
 次にわたしは制服を脱ぎに掛かる。胸ポケットを確認した。
「あ」
 生徒手帳の最後のページにリボンが挟まれていた。明信君のクッキーを包装していたものだ。
 わたしはそれを、生徒手帳と共にそっと眼鏡の横に置いた。
 脱衣作業に戻る。セーラー襟からタイを外す。制服の脇にあるジッパーを上げて、裾から脱いだ。
 すると、なにやら熱い視線を感じた。
 ふゆなちゃんだ。彼女はスカートを脱ごうとしているわたしを、なにやら真剣に見つめていた。
「涼夏さん……おっきい」
 脱いだ制服とスカートを、そばの洗濯機に入れながら答える。
「ん? 何の事だ。背丈なら確かに女子の平均よりは高いと思うが……」
「ううん。そーじゃなくて、その……胸が」
 そう言われて、下着に押し込まれている自分の胸を見た。
「ああ……。そうかも知れない。しかし邪魔で肩も凝るから、あんまり良いと思った事はないな」
「そうなんだ。でも……やっぱり羨ましい……です」
 彼女は自分の胸を腕で隠すようなしぐさをした。
 わたしは微笑みかける。
「気にする必要はない。それで人間の価値が決まるわけではないしな」
 彼女が毅然とした態度で言い放つ。
「いえ! 男子の間では決まるんです!」
 わたしは少し動揺した。思っても見なかった角度からの反論だ。
「そうなのか?」
「そうです!」
 きっぱり言い切られた。
 彼は……彼も大きい胸が好きなのだろうか。
 物凄く気になる。だが、実の妹にそんな事を聞いても良いものだろうか。しかも、知っているとは限らない。
 わたしが迷っていると、ふゆなちゃんが口を開いた。
「ちなみに、ウチの兄の場合ですが」
「ほう?」
 思わず、前のめりの姿勢になってしまう。
「はっきりとは解りません。兄の部屋には、えっちな本もDVDもないんです。あるのは普通の映画ばかりで。まあでも、パソコンの中にはえっちな画像とかがあるかもですけど、さすがにそれはちょっと見れないので……」
 少しガッカリしたような、しかし、嬉しいような気持ちになった。
 彼は飄々としているが、そう言う方面ではかなり真面目なのかも知れない。
「ふむ」
 それにしても、ちょっと良い事を聞いた。胸の大きさは男子には重要ポイントなのか。
 わたしはもう少し、男子の事を勉強しなくてはならないようだ。あまりにも知らな過ぎる。
 それと……その先の事も。


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