[想い伝えて] 3

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=涼夏の物語= topに戻る

 俺は自分のダメさにしばらく落ち込んでいたが、なんとか気を取り直した。
 頭を上げて、また部屋を見回す。
「しかし生活感、ないよな」
 まるで新聞広告で見かける新築マンションの部屋の写真みたいだ。物凄くキレイに整理整頓されてオシャレだけど……誰も住んでいないような寒々しい部屋。
「委員長はこんな部屋でずっと暮らしてるのか……」
 片づけられない女の代表である妹の部屋とは違う。あいつの部屋は男性アイドルのポスターを所狭しとベタベタ貼って、とにかく可愛いと思ったモノは何でもかんでも飾ってる。あいつの部屋は、ひと言でいうなら魔窟だ。
「そう言えば、テレビもコンポもないな……パソコンも見あたらない。てか、委員長ってケータイ持ってたっけ」
 記憶を辿ってみた。
 あれは……あの歩道橋の下で俺に傘を貸してくれた時。確かミュージックプレイヤーで何か聞いていた。
 あれって、もしかしたらケータイだったのかも知れない。
 ゆらゆらと、幻の白い花のように揺れながら、目を閉じて儚げにうつむいて。
 キレイだと思った。

 あの時の委員長を思い出したとたん。
 急に自分の中に何かが足りない事に気が付いた。
 胸が空っぽになって、その分、ぐっと狭くなる。息が苦しい。
 求めるものがそこにない事に泣きそうになる。
「う……なんだこれ……?」
 胸に空いた穴を埋めるように、腹の底から何かが湧き上がる気がする。
 顔が熱い。
 なにがなんだか解らず、とにかく大きく深呼吸をした。
 でも体中を巡る血の勢いは止まらない。

 俺は、なにが、欲しいんだ?

 荒い息で考えを巡らせるが思考は空転し、まとまらない。
 ふいにもう一度、委員長の顔が浮かんだ。
 俺の焼いたクッキーを食べている顔。表情は乏しいけれどでも、嬉しそうな感じだった。
「う、うう……」
 ついに泣いてしまう。同時に自分のバカさ加減に笑いも込み上げる。
「はは、なんだ。俺、すっげー委員長の事、好きなんじゃねーか。なんで、気付かなかったんだろ……」

 俺は委員長が……いや、涼夏が欲しいんだ。
 妹と駅の喫茶店にいた時もずっと俺は、窓の外を見て涼夏を探してたんだよ。だから、見つけたんじゃないか。
 涼夏がなんだかヤバイ雰囲気だったから、俺は何も考えず助けに走った。
 そうだよ。あれが知らない女の子だったら全然気にも留めなかったかも知れない。
 俺は平和主義者だ、そんなふうに自分を誤魔化してる臆病者だから。
 でも、涼夏は俺が好きな、本当に好きな女の子だったから……。

 俺は袖で涙を拭いながら、息を整えた。
 うん。もう解った。どうってことない。大丈夫。
 そう。

 俺は
 涼夏が
 好きだ。

 口に出したワケじゃない。単にそう思っただけ。なのにまた顔が熱くなる。言葉にならない叫びを上げたくなる。
「うっはぁ……こりゃ慣れるまで遠いぞ。ダメだ、別のこと考えよう」
 別のこと。
 うーん……。
 あ、そうだ。涼夏を襲っていた男。あれはどう見てもまともな感じじゃなかったな。
 あいつは涼夏のことを知っているようだった。しかも呼び捨てにして自分のものだ、なんてわめいていた。
 単にアブナいヤツかとも思ったけど、涼夏はヤツを体当たりで倒した後、そばで何か話しかけていた。あれは何を言ってたんだろう。
 あの真面目に超が付くような涼夏に、あんな知り合いがいるなんて今でも信じられない。どこで知り合ったんだろう。どんな関係だったんだろう。まさか付き合ってたのか? そんなバカな……いやでも、もしそうならあんな男のことだ、涼夏にこっぴどくフラれてその腹いせにさんざん涼夏に嫌がらせをしてて、それが涼夏の人嫌いの原因になったって線も考えられるな……。

 次々と疑問や妄想が浮かぶ。
「はぁ……結局、全然別のことじゃねーし……」
 涼夏のことばっか考えてる。そのわりに俺、涼夏のことなんも知らないんだな。
「はぁ……」
 寂しいな……。こんなに好き……なのに。
 また顔が赤くなるのを感じた。でも、気分は沈んでしまう俺だった。


 ふゆなちゃんが、猫のように鳴いた。
「にゃー……お風呂ってやっぱ気持いいー」
 わたしは微笑むような気持ちで、軽く頷く。
「うん。そうだな……」
 雨で冷え切っていた身体に、湯の温かさが染み込んでくる。
 母がお風呂は極楽だ、と言っている感覚が解る気がした。
 そう、さらに今は独りではない。好きな人の可愛い妹が一緒だ。
 身体だけではなく、心も温まるというものだ。
 うん。また機会があれば、母とこうして入ってみるのも良いかも知れないな……。

 そんな事をぼんやり考えていると、ふゆなちゃんが質問をしてきた。
「それで、涼夏さん。兄にはコクったんですか」
 コクった……? ああ、クラスの女子が話していたな。告白したのかという意味か。
「いや。まだちゃんとは、伝えられていないんだ」
 彼女が凄い剣幕で、わたしの肩を掴んで来た。
「ダメですよ! 兄はとにかく鈍いんだから! ハッキリシッカリキッパリ言わないと!」
 気圧される。
「そ、そうなのか。解った。言ってみる」
「いつですか」
 ぐぐっとふゆなちゃんの顔が近づく。
 わたしは戸惑いながら、返答した。
「それは今度――」
「明日!」
 ふゆなちゃんの、まるで天才卓球少女のような鋭く短い言葉の打ち返しにたじろぐ。
「えっ?」
 気付いたときには、心の隙間に見事なスマッシュを打ち込まれてしまっていた後だった。
 内心しどろもどろで、しかしなんとか平静を装う。
 眼鏡を直しかけて……手が止まる。
 眼鏡は洗面台に置いてきたじゃないか。うう。
 目の高さにある指を、まるでふゆなちゃんを指さすために上げたように誤魔化した。
「……いや、ちょっと待ってくれないか」
 声が出ると少し落ち着いた。
 うん。さて、わたしはどうしてこれほど彼女に強制されなければいけないのだろうか。
 そう抗議しようと思い立つ。だが、ふゆなちゃんの目はあまりに真剣だった。
 思わず、言葉を飲み込んだ。
 ふゆなちゃんは綺麗な瞳で、わたしを見据える。
「涼夏さんは何にでもクールに見えるけど、恋愛には臆病なんじゃないですか」

 図星だった。
 慶太という男を想い続けて、裏切られて。
 それでも自分自身に縛られて。
 そんな戒めから解放してくれた人を好きになったはずなのに。

 しかし、自信はなかった。
 一度言ってみた時、聞こえていなかった事に少しホッとしたのも事実だ。
 怖かった。

「大丈夫です。兄は涼夏さんの事、間違いなく好きですよ。兄は恋愛経験値低くて、自分の気持ちさえ掴めないくらい鈍いだけなんです」
 一息にそれだけ言うと、ふいに歯を見せる。いたずらっ子のように笑った。
「もし断ったりしたら、あたしがぶっ飛ばします!」
 わたしは泣きそうな気持ちになった。
「ありがとう……」
 わたしは湯で顔を洗うようにして、気合いを入れた。
「よし。明日、告白してみよう」
「いぇーい!」
 ふゆなちゃんが心から嬉しそうに拍手をしてくれた。
 風光の兄妹は本当に気持ちの良い人間だと思った。


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