[夏休みの] 3.ふゆなと欣司


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「うむ、これでいいかな」
 あたしは最近買ったダテ眼鏡を直す。
「お姉ちゃん、できたよー」
 問題集の答えがひと通り書けたから、それを涼夏お姉ちゃんに見せた。
「おお。早いな、ふゆなちゃん。どれどれ」
 涼しげな表情でパラパラと目を通してくれる。
 髪を後ろでまとめて、上向きに留めてるお姉ちゃん。
 首筋が長くて白くて、きれい。

 胸元は黒いキャミソールから、中身がこぼれそう。
 うー、あたしももうちょっと胸、欲しいな。

 ふと、その向かいを見るとデレデレと顔を赤くしたバカの顔がある。
「お兄ちゃん! お姉ちゃんの胸ばっか見てんじゃないよ!」
 ものすごくびっくりしたようすで、あわあわ言ってる明信お兄ちゃん。
「ば、ちょ、そそそんなこたぁあねえよ! ちゃんと勉強してるさ! ああしてるとも!」
 あーもー、うざい。
 まあでも、真顔で『恋人の胸を見て何が悪いんだ』とか言われれも、ムカつくんだけどさ。
 恋人、かぁ。
 ちょっとためいきが出ちゃうな。
 好きな人はたくさんいたんだけど、みんな、もうひとつっていうかさー。
 あ。でも、あの人。
 この前、お兄ちゃんの行ってる喫茶店『スーヴェニール』で会った、お兄ちゃんの友達。
 坂本さん、っていったかな。
 いきなりあたしのこと、姫とかいっちゃってさ。そんなの初めてでちょっと嬉しかったな。
 見た目もお兄ちゃんと違ってカッコイイし。
 なんかかわいくて楽しい感じの人だった。
 んまあ、バカさ加減とか口の利きかたがアレだけど、嫌いじゃない。
 うーん。でも、好き……なのかなぁ。わかんない。

「さすがだな、ふゆなちゃん。全問正解だ」
 お姉ちゃんが、明るい声で言ってくれた。
 わざと憎たらしい感じでお兄ちゃんに言ってみる。
「へっへーん。どっかの人と兄妹とは思えないね、あたし天才」
 お兄ちゃんは、恨めしそうにあたしを見た。
「おまえのダテ眼鏡さ、それ委員長の真似なんだろうけど、全然似合ってねーからな!」
 カチンと来た。
「へー。勉強で勝てないと思ったら、見かけを攻めますか。幼稚ですねー」
 バカが反論しようとした瞬間、涼夏お姉ちゃんが間に入った。
「そうだな、今のは明信君が悪い。謝りなさい」
 お兄ちゃんは何も言えなくなって、謝ってきた。
「……悪かったよ。ごめんな」
 慰謝料のひとつももらおうかなと思ったけど、お姉ちゃんがいるからやめた。
 あたしはお姉ちゃんに向き直り、さっき思いついた今日の予定を喋った。
「ね、お姉ちゃんも勉強終わったんでしょ。お兄ちゃんはほっといて、二人で水着買いに行きませんか」
 少し、目を見開くお姉ちゃん。
「水着……? 泳ぎに行くとは聞いていないが」
 あたしは強引に誘った。だってこんなときでもないとお姉ちゃんと買い物なんてできないし。
「まだお昼前だし、買ってそのまま、市民プールとかに行きましょうよ。楽しいですよ」
 お姉ちゃんは、ちらっとお兄ちゃんを見た。
 お兄ちゃんがその視線に答える。
「ん。じゃあ一時に駅前に集合な。それまでになんとか勉強終わらせとく。俺、水着は去年買ったのあるし」
「えー。お兄ちゃんも来んのー」
 まあ、分かってたけどさー。
 お姉ちゃんの顔を見ると、嬉しそうだった。
 ちぇー。

 あたしと涼夏お姉ちゃんは、駅前商店街に向かった。
 お兄ちゃんのバイト先『スーヴェニール』を通り過ぎて、ちょっと大きめのファッションビルに入る。
 お姉ちゃんはもの珍しそうに売り場を見回していた。
「あんまり来たことないの?」
「うむ。ファッションにはあまり興味が無くてな」
 そう言えば、持ってきてた服もシンプルで黒いのばっかりだったなぁ。

 エスカレーターでレディスの水着売り場に向かう。
「黒が好きなの?」
「いや。確かに嫌いではないが、主に汚れが目立たないから着ているようなものだ」
 うーん。もったいない。こんなにきれいでスタイルもいいのに。

 水着売り場に着いた。
 あたしはさっそく、見て回る。
「どれがいいかなー」
 あたし、胸ないしなぁー。ワンピースじゃホントに子供だし。
 だからってセパレートだと、よけいに幼児体型が目立つしなぁ。くびれとか欲しいよ。
 胸にちょっとパット入れて、誤魔化すかなー。
「ね、お姉ちゃんはどんなのがいいの?」
 そう言って顔を見ると、難しい表情で考え込んでいた。
「すまない。わからない」
 やっぱりそうなんだ。なんでも出来るお姉ちゃんが、ファッションだけは全然ダメなんだ。
「じゃあね、あたしが選んだげる!」
 あたしはお姉ちゃんの腕を引っ張った。
「お姉ちゃんはねー、背も高いし、胸もお尻もあるからどんなのでも似合うよー」
 ちょっとそう言ってる自分が哀しくなる。
 あたしだって、高校生になればもう少しはマシになるんだからね。
 たぶん。きっと。……うう。虚しい。

 気を取り直して、売り場を丹念にチェック。
「えーと。これと、これ。それからこっちもいいかな」
 あたしは、お姉ちゃんの普段着とは違う感じの、ハデ目な色使いのものを選んだ。
 ついでにここは一つ、勝負の意味も込めて、過激なものにしてみた。
 ローライズの小さなビキニと、胸を強調するようにVの字に前が開いた物。それと前開きのジッパーが付いたチューブトップタイプ。
 あたしはそれらのハンガーをお姉ちゃんに突き出すと、半分命令した。
「さ、試着して見せて」
「うむ」
 素直に頷いて、試着室に入った。

 しばらくして、試着室から手招きするお姉ちゃん。
「これは、やや露出が多くないか」
 試着室のカーテンから中を覗いた。
「えー、どれどれ」
 最初に着ていたのは、ローライズだった。
「うあ……」
 うん、お姉ちゃんの仰るとおりです。
 胸は大事なトコがわずかに隠れてるだけだし、下もビキニラインから中が見えちゃうくらいのギリギリ感。
 ダメだ。こんなのお兄ちゃんに見せたら、暴走が止められなくなる。
「そ、そうですね。じゃあ、次のを着てみて下さい」
 そう言ってカーテンを閉めた。

「さっきよりは幾分マシな気もするが、しかしこれも、やや過激だと思うのだが」
 試着室の中を覗くと、お姉ちゃんの形のいいバストが目に飛び込んできた。
 なにこのグラビアアイドル。
 Vの字に分れた水着は、そのおっぱいを必要以上に強調してる。
 谷間から覗く、その丸みはぎゅっと押しつぶされて苦しそう。
 肩に掛かってるところを一気に左右に開くと、モロに飛び出しちゃうよ。
 ダメだ。お兄ちゃんなら、やる。きっとやる。
「あは。えーと、じゃあ最後のはどうかな」

「うーむ。これなら肌の露出は一番少ないし、プリントも明るい大きな花柄で良い感じかも知れない」
 最後のチューブトップの水着は、リゾート地なら普通に街中を着ていても違和感がない感じ。
 うん、これがいいかな。
 まあ、胸のジッパーにさえ気を付ければ。

 ふいに涼夏お姉ちゃんがあたしに質問してきた。
「ところで、明信君はこういう感じは好きなのだろうか。いや、むしろ最初の小さいもののほうが彼の好みかもしれない。どう思う?」
 あー、いや、なんにも着てないのが一番の好みだと思うよ。
 とか、そんなことは言えなくて返答に困っていると、お姉ちゃんは最初の小さいビキニを手に取った。
「ここはせっかくだから、見せつけたい気もするんだが、どうだろう」
「やめてください」
 速攻で却下した。お姉ちゃんも自分の身の危険ってもんを考えてよ。
「むう……」
 お姉ちゃんは渋々、過激な水着をハンガーに戻した。

「では、次はふゆなちゃんの番だな。今の感じでだいたい水着選びのコツは掴めた。わたしが選んでみよう」
 試着室から元の私服に着替えて出てきたお姉ちゃんは、そんなことを言った。
「そうですね。ものは試しですから」
 悪いけど、ちょっと疑ってしまう。さっきまで何も分からなかった人が、そんなことできるのかな。

「まず、君の体型から考えて色は白かピンク。膨張色の胸やお尻が目立ってスタイルが良く見えるはずだ」
 まるでなにかのSF映画に出てくるサーチロボットのように、素早く水着を選ぶ。
「次に形はセパレートが良いだろう。できるだけお腹以外に布を多く使っているものだ。キュートさがより出るだろう」
 手がぴたっと止まった。
「うむ。これだ。さあ、試着してみてくれ」
 たったひとつだけを選び出してくれる。なんだか魔法みたい。
 あたしはまだ半信半疑。
「はい、じゃあ……」

 あたしは試着室に入って、キャミソールと七分裾のジーンズを脱いだ。
 水着を着けてみる。
「お、かわいい」
 お姉ちゃんの言ったとおり、明るい色と胸の下まである大きさが、あたしの少ない胸を大きく見せる。
 下はホットパンツタイプで、これもあたしの幼児体型をカバーしてくれている。
「さすがお姉ちゃん。頭がいいっていうのはこういうことなんだろうなぁ」
 あたしは嬉しくなって、涼夏お姉ちゃんを呼んだ。
「お姉ちゃん、ありがとう! これ、イイ感じだよー」
 お姉ちゃんも頷いた。
「ふむ。わたしの見立てどおりだな。良かった」

 あたしたちはそれぞれの水着を手に持って、レジに向かった。
 お姉ちゃんが言う。
「こんなふうに、誰かのために物を選んだりした事など今まで無かった。楽しいものだな」
 あ。そっか。確か一人っ子だっけ。
 あんな広い家で、家族もほとんど帰ってこないんだよね。
 誰もいない家でずっと……ひとりぼっちに耐えてたんだよね……。
 それって、どんなに寂しいんだろう。つらいんだろう。

 あたしには、お母さんもお父さんも、お兄ちゃんもいつでもそばにいて。
 お兄ちゃんのおかげで、こうやって涼夏さんと知り合って。
 みんな、お互いが大好きで。

 急に『スーヴェニール』の店長さんが、この前言っていたことが頭に浮かんだ。

『人と人は不思議な巡り合わせで惹かれ合う』
『しかし、努力をしなければその関係はより良くはならない。行動をしなければ何も産まれない』

 あの時はよく解らなかったけど、今は少し解る気がする。
 誰かと一緒にいたいって思う気持ちは、形にしないといけないんだ。
 それが努力と行動……。

「どうした。暗い顔をして」
 あたしは泣きそうな顔を隠すように、お姉ちゃんの腕にすがった。
「お姉ちゃん……」
「ん。なんだ、急に甘えんぼさんになったな」
 声に少しだけ笑いが混じってる。
 あたしは明るく答えた。
「ん、だって好きだから」
 あたしは、好きな人といたい。だから、そのためにできることをやっていこう。
 そう思った。

――

「欣司ー! ソフトクリーム遅いよ! なにやってんの!」
 オレは姉貴に今年も無理矢理、市民プールに連れてこられていた。
 ったく、なんで毎年毎年、姉貴なんかとこんな安いカップルばっかのトコに来なきゃいけねーんだ。
 プールならホテルとかスポーツクラブとかでもいいじゃん。

「はいよ、ソフトクリーム。できたて冷え冷えだよ」
 オレがそれを差し出したとき、目の端によく知ってる人間が映った。

「あ、あれはまさかぁぁあっ!」
 委員長と、ふゆなちゅあんじゃああーりませんくぁっ!
 なぜか、当然いるはずの明信――ザミは見あたらない。トイレでも行ってんのかな。

 とにかくせっかくだから、オレは食い入るように見つめた。
 すっげ、委員長、マジでイイスタイルじゃん! エロいってレベルなんかじゃねぇ、もう神! 女神だ!
 それにふゆなちゅあん! ソゥキュ――トォッ! はぁはぁ、も、もう、お兄さんはヤバイですよ! ええ、股間方面がもうね!
 これはぜーひ、ご挨拶に伺わなくてはっ!
 ああ! 姉貴、さっきはごめん。今年は連れてきてくれたことに感謝いたしますわ! 感謝状付けてもいい!

 そう思っていると、ずっしりと頭の上に何かが乗ってきた。
「あー? 欣司。どーこ見てんのさ」
 姉貴の牛みたいな乳がオレを、オレの全てを抑えつける。
 一気に気持ちが沈む。やっぱり姉貴に感謝なんてしたくない。
「お、重い! 重いって、姉貴!」
 姉貴は全く動こうとしない。オレの言葉なんか、いつだって聞かないんだ。
「あんたはあたしの言うこと、聞いてりゃいいんだよ」
 そうだ。昔っから姉貴はそう言い続けてた。
 オレはこの前までそれでイイと思ってたんだ。
 でも、明信……ザミが委員長に告白されてるのを見てから、なんでだろうって考えた。
 言っちゃなんだが成績だってオレと違わないし、見た目や体力、財力ならオレのほうが上だ。
 でも、モテた試しがない。てか友達だっていなかった。

 なんでザミはモテるんだろう。そう思って、オレはザミに近づいた。
 あいつはなんの疑いも無しに、付き合ってくれた。
 オレのバカ話にも乗ってくれるし、マジメな話もする。
 ま、オレはあんまりそういうのは苦手でよくわかんねーから、テキトーだけど。

 わかったことは、あいつは小さい頃から料理やスィーツを作ってたってこと。
『なんか俺が作った物、おいしそうに食べてくれるのって、いいじゃんか』
 あいつはそう言ってた。
 それが好きで、ずっと続けてて、今『スーヴェニール』で働いてるんだよな。
 誰かのために働いてるんだ。

 オレは今まで姉貴の言うとおりやってきて、自分じゃなんにもしてこなかった。
 金にそんなに不自由した記憶もないしな。
 これから先のことなんてわかんねーし、なにがしたいかもわかんねー。
 でも。
 とにかく、あいつと付き合って、あいつがいつも誰かのためになにかしようってしてるのを見てるとさ。
 オレはこのままでいいのか、って疑問が湧いたのはホントだ。

「姉貴」
「あん?」
「友達が来てんだ。行ってくる」
「え、あ、ちょっと!」
 オレは初めて、姉貴を放り出した。
 後ろを振り返らずに、委員長たちのところへ走る。

 ふいに店長の言葉が蘇った。

『人と人は不思議な巡り合わせで惹かれ合う』
『しかし、努力をしなければその関係はより良くはならない。行動をしなければ何も産まれない』

 そうだよ。ザミに胸ぐら掴まれたときはよくわかんなかったけど、今はわかる。
 なんにもしないってことは、悪くはなるけど、良くならないってことなんだよ。
「委員長! ふゆなちゃん!」
 オレは呼びかけた。
 彼女たちが振り向いた。
「あっ、坂本君」
「坂本さん」

 オレが手を振ろうと腕を上げたそのとき。
 唐突にそれが掴まれた。
 ビビって振り返ると、ニッコリと笑った監視員がいた。
 てか、あんたその身体、ボディビルダーですか!

 オレの身体を異様にねっとり、上から下まで見ながら注意する監視員。
 掴んだ腕は放さない。
「君ねぇ、プールサイドを走るなって何度も言ったんですがねぇ、聞こえなかったですかぁ?」
「え、いや、その」
「うふ。もうね、ちょっとね、こっち来て下さいねぇ」
「ふひ、ふひぃぃ――っ!」
 オレは委員長たちの見守る中、ずるずると監視員の部屋に連れて行かれたのだった。



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