[夏休みの] 4.合宿


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 その時、安藤部長、マリリン、それにトキン、さらに料理部員の一年が三人、大口を開けてポカーンとしていた。
 部長がなんとかその驚きを言葉にする。
「リョウちゃんって……マジお嬢様だったんだ……」
 そうそう。俺もふゆなと初めて来たときにはビビったもんだ。

 俺たち、料理部の面々は涼夏の家の前で佇んでいた。
 夏休みも後半に突入した、その日。
 ついにこの夏休み最大のイベント『料理部合宿イン花鳥邸』が始まったのだ。

 そう、“料理部合宿”。なんだかいつの間にか安藤部長の意向で、そんな名目が付いたんだよな。
 だから、今日初めて会った同学年の部員が三人いる。みんな女子だ。
 以前は二年の人もいたそうだが、安藤部長のやり方に付いて行けず、全員が辞めたそうだ。
 まあ、口が悪いしなぁ。それが気になる人はダメだろうな。

 唐突に興奮した声が聞こえてきた。
「これでセレブのスキルが付いたね! お姉ちゃん!」
「んむ! スーパーセレブリティ人だな! 妹よ!」
 双子の海原(うなばら)姉妹、真帆(まほ)さんと悠(ゆう)さんが鏡のようにお互いを見つめて頷く。
 ここへ来る前、駅で集合したときに初めての挨拶をしたがその時もこんな調子で、なんだかよく解らない人たちだ。

 マリリンがうるうると目を潤ませて、感動している。
「涼夏様は本当に涼夏様なんだぁ」
 すると、そのそばにもうひとりの部員、無口な佐藤さんが来て、マリリンの上着の袖をつまんだ。
「ん? サトちゃん、どうしたの」
 マリリンは佐藤さんの口元に、聞き耳を立てる。
「部外者? ああ、坂本君ね。あれは部長のしもべだからいいんだって」
 ヤツはしもべらしく、ここにいる全員の荷物を一人で持ってきている。
 だが、案外体力はあるようで、けっこう平然としていた。
 それよりも、ふゆなだ。
「なんでおまえまで来てるんだよ」
 高い位置にあるポニーテイルを握って、ぐりぐりと操縦桿みたいに動かす。
「あだだ! なにすんの! やめてよ! 涼夏さんがいいって言ってくれたんだもん! どーせ来年は部員になるんだし!」
 俺は耳を疑った。
「はぁ? おまえ、俺の高校来るつもりか」
 ふゆなは俺の手を振り払って、涼夏のそばに逃げていく。
「お兄ちゃんの高校じゃないもんねー! 涼夏さんのいる高校だもんね!」
「同じだろ!」
 涼夏が仲裁に入る。
「明信君、良いじゃないか。ふゆなちゃんがいると何かと楽しいからな」
 ふゆなはニッコリと笑った。
「ねー! お姉ちゃん!」
 甘い。涼夏はふゆなに甘過ぎる!
 いや、涼夏だけじゃない。安藤先輩や他の女子メンバー、さらにはトキンまでが騙されている。
 ふゆなは、ホントは悪魔なんだぞ!
 つむじとか脇の下とか、そんな見えないところに絶対“666”ってあざがあるに違いないんだ。

「では、どうぞ」
 涼夏が門の横の勝手口を開けて、みんなを中へ促した。
 玄関まで十数歩、石畳を行く。
 トキンが謎の実況を始めた。
「えー、我々は今、現代の秘境、最後の聖地、花鳥邸に来ています。目の前にはまるで夢か幻のような美しい庭園が広がっております」
 みんながくすくすと笑う。
 こういうときはコイツ、ホント見事な喋りだよな。きっと家じゃ勉強しないで、そんなことばっか研究してるんだろうな。
「さて、この奥に果たして奇跡の才女、深窓の令嬢と呼ばれる、花鳥涼夏さんが本当に居られるのでしょうか」
 なんて大げさなんだ。てか、目の前にいるだろ!
 トキンが目を血走らせて口走った。
「もはや、期待と興奮でわたくしの股間の緊張はクライマックスであります!」
 涼夏以外の全員がいっせいにヤツの頭をはたいた。
 涼夏は無表情ながらも、溜息を吐いていた。

 あまり普通の家では見かけることがないくらい大きな玄関扉の前に着く。
 試験勉強の時はよく来たなぁ……。
 あの時、俺、よく色々我慢したよな。偉いぞ、俺。
 まあ、帰ってからは妄想世界に浸ってたんだけどさ。

 涼夏が扉を開けて、さっきと同じようにみんなを促した。
「さあ、遠慮せずに。どうぞ」
 安藤部長が一番最初に玄関へ入った。
「うお……」
 まるで男のような声を上げる。
 うんうん。驚くよな。
 総大理石貼りでシャンデリアがある玄関ホールなんて、普通ないもんな。

「みなさん、いらっしゃい。涼夏の母です」
 左のリビングから、涼夏のお母さんが出てきて、挨拶をしてくれる。
 涼夏以外の全員が、こんにちは初めまして、と挨拶を返す。

 部長が一歩前に出て、姿勢を正した。
「改めて初めまして。わたしが料理部部長の安藤 奈津子です。お世話になります。このたびは何かとご迷惑をお掛けしま」
「もーね、ぜーんぜんいいのよお!」
 涼夏のお母さんは、にこにこと笑ってその言葉を遮った。
「かたっ苦しい挨拶は抜きにして、さあ、とりあえずダイニングに来て来て!」
 嬉しそうにみんなを手招きした。とても快活で、おおらかな感じの人だ。
 でも、どことなく涼夏に似た、知性的で頭の回転が速そうな印象もある。

 ダイニングに入ると、テーブルにはミートソースをかけたパスタが人数分用意してあった。
「あたし、お料理ってあんまり得意じゃなくて、こんなのしかできなくてごめんねー。さ、どうぞどうぞ」
 みんなが席に着いたのを見計らって、彼女は手を合わせた。
「じゃあ、いただきまーす」
 俺たちは勧められるまま、いただきますと言って食べ始めた。

 食事中も涼夏のお母さんは次々と話をした。
「ん、あたしにしてはマトモなものになってくれたみたいね。よかったー。でもミートソースも缶詰だし、ホント簡単でごめんねー。あ、そうだ、せっかくだからみなさんにお料理、教えて貰おうかしら。それにしても、涼夏がこんなにお友達を連れてくるなんて初めてでお母さん嬉しいわー。この子ったら、今まで全然お友達とかいなかったから心配してたのよね。小さい頃から手は全然掛からなかったんだけど、そのへんがちょっと……」
 涼夏がちょっと呆れ顔で、彼女を睨んだ。
「お母さん?」
 涼夏のお母さんは、ハッとして顔を赤くした。
「あ、あはは。ごめんごめん。でも、この家にあなたのお友達がこんなに来るなんて、ホント素敵よね」
 涼夏は目を皿に落とし、微笑んだ。
「ん。そう、だね」
 その笑顔は今まで見た中で一番、柔らかだった。


「あ、委員長。俺も一緒に片付けるよ。みんなは先に上がってて」
 明信君が食事の後片づけを申し出てくれた。
「あ、じゃあたしも……」
 そう言いかけた部長には、わたしが用意していた部屋割り表を渡した。
「部長はみんなをこの部屋割り通りに誘導してください。部屋の場所自体は、ふゆなちゃんが知っています」
「ぐ……ありがとう。用意がいいのねぇ」
 睨むように笑う。
 わたしは軽く会釈した。
「どういたしまして。それでは、よろしくお願いします」
 そう言って背を向ける。
 彼女もたぶん振り返ったのだろう。部長はわたしの背中側で坂本君に苛々した声で指示を出した。
「イヌキン! みんなの荷物持って! 二階、行くよ」
「えー、もう家の中なのにいいんじゃないスかー」
「む。じゃあ、あたしのだけでも持ちなさい。ほら。さっさとする!」
「うーい」
 まるで姉弟だな。
 そう言えば、市民プールで坂本君のお姉さんに会った。

 あれはちょうど明信君がトイレに行っている間に、坂本君がわたしとふゆなちゃんを見つけて走ってきた時だ。
 坂本君はそれを監視員に見つかって、別室へ連れて行かれそうになった。
 わたしが坂本君を助けようとした時に、すでに彼のお姉さんが非常に大きな胸を揺らして助けに入っていた。
 後で坂本君に聞いた話によると、女子大生だそうだ。毎年なぜか、市民プールに連れてくるという。

 それにしても、あのお姉さんの胸にはさすがのわたしも、やや驚愕した。
 あれが男子の間で言うところの確か……スイカップとか呼ばれているものなのだろう。
 ふゆなちゃんは胸を押さえて涙目だった。
 わたしはなんと言って良いのか解らなかった。

 明信君が、あまりにも坂本君のお姉さんの胸をちらちらと見ていたので、彼の手を取って、わたしの胸に置いた。
 すると彼は真っ赤になって、ふらふらと倒れそうになった。
 あれは、まだ刺激が強すぎたようだ。
 プールだったので、その時の彼の頭を冷やすにはちょうど良かった。

 明信君がお皿を片付ける前に、母に挨拶をした。
「改めて、初めまして。えと俺、あ、いや、ぼく、風光 明信っていいます。あの、涼夏さんと、お、おお付き合いさせていただいてます。よろしくお願いします」
 大きく頭を下げた。
 母もお辞儀をして、話しかけた。
「はい。こちらこそ。ふーん、そっか、やっぱそうなんだ。あのイケメンの子はどうもなんか違うなって思ってたんだよね」
 さすがに勘が鋭い。

 母は明信君が顔を上げたとたん、その頬を両手で挟んだ。
「うぽっ?」
 わたしは驚いて声を上げた。
「お母さん、何を」
 母は明信君を睨め付けるように見つめる。
「いい面構えね。ふーん、眼も綺麗だし。うん、合格よ」
 今度はその頬を軽く引っ張った。
「ウチの涼夏はホント、世間知らずで箱入りだけど……まあ、こんな親だから仕方ないんだけどさ」
 手を離すと、まるで仕事を部下に頼むかのように命令した。
「末永くよろしくね。頼んだわよ」
 明信君は、本当の部下のように頭を下げながらも、ハッキリと答えた。
「はい。解りました」

 母はそれを見ると、人差し指を顎に当て、言葉を付け加えた。
「あ、それと、万が一にも有り得ないとは思うけど一応言っとくわ。ウチの子を泣かせたら全財産を使ってでもあなたを潰します。気を付けなさい」
 明信君の顔色が一気に悪くなった。土気色とはまさにこの事だ。

 わたしは彼に助け船を出した。
「お母さん、言い過ぎだ。例え彼に裏切られたと思っても、何があっても信じろと言ったのはお母さんじゃないか」
 明信君が、そんな会話があったのか、というようにわたしと母の顔を交互に見た。

 母は腕を組んで答える。
「そりゃそうだけど……つい、自分の娘が傷ついて不幸な目に遭うかもって最悪の場合も考えちゃうの。これでも親だからさ」
 わたしは明信君のそばに行って彼を抱き寄せた。
「ありがとう、お母さん。でも心配しないで欲しい。彼となら一生、幸せに過ごせる。いや、より幸せになれるよう、お互いで努力できる」
 わたしは明言した。いや、宣言と言っても良いだろう。
 母は腕組みを解いて今度は手を腰に当てる。
「ふむ……」
 母は軽く溜息を吐く。
「あーあ。あんまり手が掛からな過ぎるっていうのも寂しいもんね……。解った。がんばんなさい」
 何かを吹っ切るように明るい笑顔を見せた。
「それじゃ、ちゃっちゃと片付けちゃいましょっか」


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