家の門まで帰って来ると、ちょうど母も帰って来た。
「お母さん、お疲れ様。今日早かったんだ」
「あ、涼夏。お帰りなさい。たまには早く帰る日もないと、やってらんないわ」
からからと笑った。いつも陽気な人だ。
この人の落ち込んだ姿は、見たいことがない。
二人で玄関に入る。
母は床を大理石にするんじゃなかった、冷たいし雨の日は滑る、などと文句を言っている。
すると、急に話題を変えた。
「涼夏、夕飯作るの、手伝ってくれないかな」
「はい、着替えてくるから待っていて」
階段を登り、自室に行く。
母は料理というものが得意ではない。大雑把過ぎるのだ。
会社では重役なのにそんな事で大丈夫なのか、とも思う。
母に言わせると、“それはそれ、これはこれ”なのだそうだ。
クローゼットから、適当に服を出し、手早く着替える。
黒いTシャツとGパン。これが良い。料理で多少汚れても大丈夫だ。
制服を脱いでハンガーに掛け、Tシャツをぐいっと着る。
おや……胸が、きつくなっている。
Gパンを穿く。
こっちは、お尻がきつい。入らない。
これらを着ていない間の体重は変わっていないから、また部分的に成長した、という結論に達する。
「ふむ……」
Tシャツは問題になるほどではないので、良しとしよう。
Gパンは……仕方ない、スカートにしよう。
スカートこそ相当の期間、穿いていないが……。
赤いタータンチェックのタイトスカートを出し、穿いてみる。
腰回りは成長していなかった。それどころか以前より緩いくらいだ。
特に問題になりそうにないので、これで良い。
母の元へ向かう。
一時間後。
ほとんど、わたしが作った夕食が食卓に並ぶ。
ビーフカレーと、アボカドとキャベツのコールスローサラダ。
「ごめんね、母親らしいこと、ひとつもできなくって」
母が苦笑する。
わたしは気にしないで欲しいと思った。
「でも、お母さんはお母さんに出来ることを、精一杯やってるから良いと思う」
「あら珍しい、涼夏が笑うなんて。ありがとう」
母は、はにかむように微笑んだ。
そう言えば……今、少しわたしも微笑んだような気がする。
「じゃあ、冷めないうちに食べましょ。いただきます!」
「はい、いただきます」
俺の部屋。
狭いパイプベッドに転がる。
リサイクルショップで3千円で叩き売られていたものを、バイトして買ったものだ。
やっぱ、ふとんよりカッコイイし。
目を瞑る。
委員長が俺を好き……そのフレーズがパワーローテーション。
俺の中でCD売り上げ100万枚の大ヒットだ。
あり得ないっスよ。実際。
まさに高嶺の花って言うのは、あの人のことだよな。
それもただ手が届かないだけじゃなく、儚げに、寂しげに、それでも凛と美しく咲く。そんな花。
俺なんかが手を触れると、壊れてしまう気がする。
でも……なんだろう、何かしてあげたい。
俺に何かできるなら。
だけど、人を寄せ付けない性格だしな……
あれ? でも俺には傘、貸してくれたよな……うーん……?
あ、お礼しなきゃな……
あー! もーなんだ! どうすればいいんだ!?
思わず、起きあがって脳内ギターを手に、無意味に歌ってみる。
♪いいんちょうがぁ〜、おれをぅおうぉ〜すぅきいぃ! いえい!
部屋の出入り口のドアから、ぱち、ぱちと、やる気のない拍手が聞こえる。
シャワーを浴びたのか、着替えたふゆなが立っていた。
「見事なバカ歌、ご披露ありがとう。夕食できたってさ」
そう吐き捨てるように言って、廊下を進んでいく。
「うおー!見てんじゃねーよぉぉ!」
俺は真っ赤になって、ふゆなを追う。
リビングの食卓には、母さんの旨そうなハンバーグが並んでいた。
「あらあらまあまあ、ふゆな、あんまりお兄ちゃんをからかっちゃダメよ?」
「だって、バカなんだもん」
意味が解らない。俺は無視して食卓につきながら、母さんに聞いた。
「今日も父さんは遅いの?」
「そうねぇ、残業、多いそうよぉ」
ちょっと寂しそうな母だった。
「まあ、でもそのおかげで俺たち、食えてるんだから感謝しなきゃな」
「なによ、バカのくせに良い子ぶって」
ふゆなも席に着く。
「ふゆな、いいかげんにしなさい……」
母は声は優しげだが目が笑ってない。
ゴゴゴゴ……と言う擬音が聞こえそうだ。
さすがのふゆなも、母さんには弱い。黙りこくる。
「はい、それじゃあ、食べましょうか。いただきます」
「いただきまーす!」
「まーす!」
さっそくハンバーグにかぶりつく。がぶ、もぐもぐ……。
「うンめぇー!!」
表面のぱりっとした感触の後、口いっぱいに広がる肉汁と、鼻から抜ける肉のスパイシーな香り、肉の旨味が凝縮されたこの味はまさに! ハンバーグのIT革命やぁーっ!!
「あらあら、まあまあ、良かったわ〜」
一気にご飯を三杯お代りしてしまった。合間にみそ汁をすする。
これも旨い。旨いよ、母さん。ずずーっ……
「あのね、お母さん、聞いて聞いて」
ふゆなが、横でちまちま、食べながら言う。
「このバカ兄貴ね、好きな人がいるみたいなの!」
俺、鼻からみそ汁噴出。
「うわっ! バカ! きったなーい!! さいてー! 不潔ー! ありえなーい!」
ガタァッ! とばかりに立ち上がり、俺に罵倒の言葉を好きなだけ投げかける。
「あらあらまあまあ」
俺は、謝りながら、ティッシュで飛び散ったみそ汁を拭きまくる。
俺の怒りの矛先は当然、ふゆなに向かう。
「おまえ、いったい何言い出すんだよ!」
ふゆなが何か言う前に、母さんが割り込む。
「あき君、ほんとなの?どんなひと?」
なぜか、ふゆなが答える。
「眼鏡のね、背の高い、すっごい綺麗なひと! 絶対、バカ兄貴なんか相手にしてもらえないよ!」
「あらあら、まあまあ、へぇ、今度連れてらっしゃいよ」
「だーから、バカには無理だって、釣り合わないもん!」
「そんなことないわよお、あき君、こう見えても案外しっかりしてるし」
「えー! どこがー? お母さん、疲れてるんじゃない?」
……俺にも何か言わせろ。てか、言わせて下さい。お願いします。
SEO | [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送 | ||