[夏休みの] 5.パーティクル・パーティー(後編)

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 あたしたち姉妹は、みんなとの楽しい夕餉のひとときを過ごした。
 メインディッシュのハンバーグはとてもおいしくできた。
 我々、料理部の面目躍如といったところだ。
 花鳥さんのお母さんもレシピを部長に書いてもらって喜んでいた。

 食後に食器を片づけ終えると自由時間になった。
 あたしたち姉妹は部屋に戻るとまた、ふとんに転がってまったりしていた。
 もちろん、阿部さん、佐藤さんも一緒だ。
 阿部さんが幸せそうにつぶやく。
「食べてすぐこんなことしちゃ、また太っちゃうなぁ……」
 でもだからといって、起き上がって何かする気配はない。
 そしてそれはそこにいた全員に言えることだった。

 しばらくすると、まどろんでさえいた。
 そんなとき、急に阿部さんが起き上がった。
「あ! 涼夏様に会いにいくんだった! ねぇ、みんなも来てよ」
「んん? なんでわたしたちが……」
 あたしはそう抗議しようとしたが、妹も佐藤さんも当然のように起き上がる。
 あまつさえ、妹はあたしにいった。
「あ、そうだ。お姉ちゃん、ドレス持ってきてないでしょ。しょうがないなぁ。あたしの貸してあげるから」
 ドレス? そう不思議に思っていると、みんなはさも当たり前のようにカバンからまるで舞踏会に出るかのようなドレスを出す。
「はい、お姉ちゃん。双子で良かったね」
 あたしは妹に押しつけられた真っ赤で見たこともないドレスを手に取った。
「ぬう……」
 よく状況が解らないが、とりあえず着替えた。

 四人の洋風なドレス姿は、ふとんの散乱した和室の中で、どう見ても浮いていた。
 胸の大きく開いた黄色のドレスを着た阿部さんが言う。
「準備はオーケーね。じゃあ参りましょうか」
 彼女が部屋の引き戸を開けると、そこに廊下はなく、直接、別の部屋に繋がっていた。
 そこを見たあたしは驚きを隠せない。
「なんだ、これは」
 そこはまるで宮殿の中だった。
 精緻な金の彫刻で飾り付けられた巨大な大理石の柱が何本も立ち、赤い絨毯が敷かれている。
 左右には見事なステンドグラスの窓が十メートルはあろうかという天井まで覆っている。
 その高い天井には、天使の描かれたゴシックな宗教画が延々と広がる。
 その部屋の奥、遠くの数段高いところに、やはり金の飾りがゴージャスな椅子がある。

 どこからともなく、ファンファーレが響いた。
 すると、椅子の横からカッコイイ甲冑に身を包んだ風光君に手を引かれて、花鳥さんが現れる。
 彼女は頭にティアラを載せ、一段と派手なドレスを身に纏っていた。眼鏡は掛けていない。
 シルク地のドレスに付いている宝石がキラキラと色とりどりに輝いて、まさにお姫様だ。
 妹たちは膝を突いて、平伏した。
 あたしはあまりのことに、ぼーっとしていた。

「こら! そこの娘! 何を突っ立っておる!」
 唐突になにか棒のようなもので、つつかれた。
 見ると、タイツ姿にバッハみたいなカツラを着けた坂本君がいた。
 あたしは思わず吹き出してしまった。
 彼が一瞬にして怒り出す。
「きさま! オレ様をバカにしたな?!」
 気が付くと、あたしは柱に縛り付けられていた。身動きが取れない。
 坂本君が、ニヤリと笑った。
「オレ様の太く黒くながーい槍でひと突きにしてくれるわ!」
 妹が悲痛な叫びを上げる。
「お姉ちゃん!」
 槍の先がいやらしい動きで胸元に近づいてくる。
 これはマズい……どうすれば……
「おねえちゃん! おねーちゃーん!」

「……おねえちゃんてば! お風呂だって!」
「うぅあっ!?」
 飛び起きて目を開けると、あたしはあたしたちの部屋にいた。
 妹と阿部さん、佐藤さんが皆一様に目を丸くしている。
 妹が怒った。
「なによ、寝惚けちゃって! びっくりするじゃん!」
 あ……ああそうか、夢だったのか。
 完全に眠ってしまったらしい。
「花鳥さんに聞いたんだけど、ここのお風呂、すっごく広くて女子全員一緒に入れるんだって!」
 花鳥さんの王女姿がフラッシュバックした。
 なんだか、ちょっと今までより好きになった気がする。
「すっごいよねー。ってことでさ、早く用意しなよ」
「あ、ああ。解った。妹よ。すぐ用意する」
 あたしは、着替えやタオルを用意しながら、花鳥さんに対する気持ちとは全く逆の理不尽な事を思った。
 坂本君……いやあんなヤツ、これからは坂本で充分だ。坂本め、許さんぞ。


「あー、やっぱりいいなぁ! 涼夏お姉ちゃんちのお風呂ー」
 ふゆなちゃんが、気持ちよさそうに肩まで湯船に浸かっている。
 湯船には他に、安藤部長、阿部さん、佐藤さんがいた。
 海原姉妹は、わたしの一つ隣にいる。
 二人は全く同じ動きで頭を洗っていた。実に双子らしい。

 佐藤さんはふゆなちゃんをじっと見つめていた。
 ふゆなちゃんはその視線に気付いて問いかける。
「な、なんですか。佐藤さん?」
 佐藤さんは、すーっと無言でふゆなちゃんのそばにきた。
 すると、ゆっくり自分の胸を隠していたタオルを取った。
「……見て」
 ふゆなちゃんがその胸を見て、驚くと同時に喜びの表情を見せた。
「仲間、ですね!」
 佐藤さんが力強く頷いた。
 お互い、笑いながら肩を抱き合う。
 二人になにやら、不思議な友情が芽生えたようだ。

「一足先に修学旅行気分だよ。リョウちゃん、ありがと!」
 安藤部長がニコニコと、わたしにお礼を言った。
「いえ。お礼なら母に。これはわたし自身の力ではありませんから」
 彼女は快活に笑う。
「まあ、そーなんだけどさ。気持ちだよ、気持ち!」
「ならば、それは受け取っておきます」
 そう答えて会釈した。

「りょ、涼夏様、お背中流しましょうか。いいえ、流します! 洗わせて下さい!」
 部長の隣でわたしを見ていた阿部さんが、興奮した面持ちで湯船から出てきた。
 むう、前をタオルで隠してはいるが全体的にグラマラスだ。
「あ、ああ。じゃあ頼もうか」
「はいっ!」
 元気よく返事をすると、前を隠していたタオルにボディソープを含ませて泡立てた。
「ああ、涼夏様のお背中……きれいです。スベスベですぅ」
 彼女は後ろに座ると、うわずった声を出した。
「はぁはぁ……涼夏様……じゃ、じゃあイキマスヨ?」
 なにやら不穏な発音だ。
「アアッ、手が滑っちゃいマシター!」
 下手な芝居のようなセリフと同時に、彼女の手があたしの胸を揉んだ。
「うはぁんっ」
 エッチな声が出てしまう。
 まさかとは思ったが、ここまで過激な行動をとるとは思わなかった。わたしの不覚だ。
 そのまま、彼女は自分の胸をわたしの背中に押しつけてくる。
「ああ……これが涼夏様の胸……思った通りハリがあって、でも柔らかで、あああ」
 わたしはなんとか抵抗して、その腕を振り払おうとする。
「ああん、このバカ。まだ明信君にも揉ませてないのに」
 身悶えしていると、いきなり阿部さんの頭からお湯が掛けられた。
「アベちゃん、やり過ぎ! リョウちゃん嫌がってるでしょ! やめな!」
 スレンダーな肢体を惜しげもなく晒して、部長が風呂桶を手に立っていた。
 顔は笑っているが、目は笑っていない。
 阿部さんはわたしの背中から離れて謝った。
「はい……ごめんなさい……涼夏様……き、嫌わないで……」
 全くこの子は、猪突猛進というか。しょうがないな。
 わたしは微笑んで、頭を撫でた。

「ところでさ、リョウちゃん。今、アキ君にも揉ませてないって言ったよね?」
 部長が、にやにやして聞いてきた。
 しまった、失言だった。
「はい。それがなにか?」
 平静を装って答える。
 部長は突っ込んできた。
「あのさ、ぶっちゃけどこまでやってんの? 事と次第に寄っちゃあたしも実力行使しちゃうよ?」
 わたし以外の全員が、一斉に聞き耳を立てる。
 うう。しかたない。観念しよう。
「キス以上の事は、まだ胸を少し触らせたくらいです」
 ほほーう、と全員一致で頷く。
「なぁるほど。んじゃあ、まだあたしに勝ち目は残ってるねぇ」
 部長はあごを撫でながら、くっくっくっ、と喉の奥で悪そうに笑う。
 むう。これは警戒を強めないといけないな。
「あ、せっかくだから裸の付き合いってことでさ、恋話(こいばな)するよ! えーとじゃあ、この中で彼氏のいる人ぉー!」
 唐突に、恋愛話をさせる部長。なんだか、うちの母に似てる気がする。
 まあ、こんな機会はそうないだろうから、付き合うとするか。
「はい」
 わたしは真っ直ぐ手を上げた。
「あんたは解ってるってば。他、誰かいないのー?」
 湯船のほうで、意外な人物が静かに手を上げた。
 それを見た部長が驚きの声を上げる。
「って、ええっ?! サトちゃん? ホントに?!」
 佐藤さんは顔を真っ赤にして、頷いた。
 部長は物凄い勢いで湯船に飛び込むと、佐藤さんのそばに行って聞いた。
「誰? どこの子? ね、ね、教えて、教えて!」
 部長がこんなに人の恋愛話が好きだったとは。ますます母に似ている。

 佐藤さんが部長に耳打ちした。
「同じクラスの佐原君? へぇ、そうなんだー! やるねー! で、どこまで行ったの、ねねね?」
 また、耳打ち。
 部長の顔がどんどん赤くなって固まる。
「ええっ……うっそ……マジ? そんなトコで、うっわ……えええっ! ほ、ホントに?」
 佐藤さんがコックリと頷く。
 部長が佐藤さんを凝視しながら、よろよろと離れた。
「す、すみません。佐藤さん。だから、あんな大人っぽい黒の下着を履いてたんですね」
 部長は水面ギリギリまで頭を下げた。
「これからアネさんと呼ばせて下さい!」
 うーむ。佐藤さんは、なにやら只事ではない経験をすでに済ませているようだ。
 これは後学の為に、佐藤さんに話を聞いておいたほうが良いかも知れない。

 ふゆなちゃんが佐藤さんに訊ねた。
「えっと、じゃ、じゃあ、胸がなくっても彼氏は出来るってことですね?」
 佐藤さんはニッコリ笑って、頷いた。
「やたっ! ありがとう! 希望が持てました!」
 ふゆなちゃんがまた、佐藤さんに抱きついた。

 わたしは身体を洗い終えると、お湯を掛けた。
 湯船に向かう。後ろから、阿部さんと海原姉妹も来た。

「失礼……ふぅ……」
 わたしは湯船に肩まで浸かった。
 続いて阿部さんが入る。
「あー、気持ちいいー」

 湯船の縁に腰掛けていた、ふゆなちゃんが言う。
「あたし、冷えて来ちゃった」
 同じように湯船の縁にいた部長が一緒に入るのを勧めた。
「ん、そうだね、ふゆなちゃん。よし、浸かろう浸かろう」
 二人は仲良く湯船に入った。

 海原姉妹は口元まで無闇に浸かった。
「あー、イイお湯ーぶくぶくー」
「そうだな、妹よぶくぶくー」

 佐藤さんが嬉しそうにつぶやく。
「……あったか……い」

 うん。温かい。
 そうか。こうやって、縁というものは結ばれるんだな。

 みんなそれぞれに想いがある。
 わたしたちはこの広い世界では、小さな粒子みたいな存在かも知れない。
 だが、縁によってさまざまな想いをここに持ち寄ったんだ。
 
 そう、さながらそれは粒子の舞踏会《パーティクル・パーティー》だ。


「スネーク! この潜入任務に失敗は許されない! 充分に注意しろ!」
「だーれがスネークだ。風呂場覗くなんてやめよーぜ、トキン」
「大佐と呼べ!」
「アホか!」
 この会話だけで俺たちがいかにバカな事をしでかそうとしているか、再確認してしまう。
 そう、俺たちは今、一階の風呂場前まで来ているのだ。
「ザミ、これは男の闘いなんだ。こんな極限状態、普通ありえねーだろ? ここで戦わない男なんて飛べない豚だ!」
 コイツ、脳みそ膿んでやがる。
 そう言いながらも、ついコイツをここまで案内してる俺もどうかしてるんだけどな。

「よし、この向こうが脱衣所だな。ザミ、おまえは委員長のお母さんを警戒してろ」
 浴場の出入り口にある、磨りガラス状のプラスチックドアを音を立てないように開けるトキン。
 俺は振り返って廊下の先、玄関方面を見る。大丈夫だ、今のところは。

 とりあえず、俺の退路は決まっていた。
 以前、ここに来たときと同じ、浴場出入り口のほぼ真正面にあるトイレだ。
 ここに入れば、ひとまず安心できる。
 だが、たぶんトキンは浴場ばかり気にして、配置を理解していないだろう。
 すまん、死ぬときはおまえだけだ。

 そうこうしている内に、ヤツは脱衣所の中に入ってしまった。
 トキンが俺に手招きする。
 俺は頷いて、後に続くフリをした。
 誰が行くもんか。

 ヤツはそれに気付かず、脱衣所の下着を手に取り、ふぉおおお! とか言いながら見ている。
 てか、あんな黒くてエロいの履くの誰だろ……涼夏? それとも部長かなぁ。いや、マリリンにも似合うぞ……。
 そう思いながらも、俺は背後にあるトイレのドアを静かに開けた。
 いつでも潜り込めるように。

 ヤツはここから見ると右手にある、浴場の扉に手を掛ける。
 いよいよだ。
 アレを少しでも開ければ、ヤツは合計七人の女子の裸を一気に見られる……って、待てよ。
 それって涼夏や、ふゆなも入ってるじゃん。
 それはマズい。見せたくないぞ。特にこの本能だけで生きてるようなヤツには。

 俺はヤツの行動を阻止しようと、脱衣所に行きかけた。
 その時。
 大きな音がして、海原姉妹の悠さんが前をタオルで隠しながら飛び出してきた。
 俺は慌ててトイレに逃げ込んだ。

「坂本ぉっ! やっぱりきさまかっ! こうしてやる! このっこのっこのぅっ!」
 激しい殴打の音。
「ふひっ! ふひぃぃぃぃ――ッ!」
 トキンの断末魔の叫びが夜の花鳥邸に響き渡り、やがて、それは闇に吸い込まれていった。


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