1.テレフォニー・ハニー
◇
初夏の海。
彼は砂浜で緩やかな風に吹かれていた。
笑うように目を細めて、わたしのほうを見る。
「本当に何もないトコだなぁ」
グレーのレイヤードシャツが風にめくれ、藍色と白のボーダーTシャツが覗く。
そのスリムだがシッカリとした男性的な体のラインにわたしは一瞬、胸が高鳴る。
目を逸らして眼鏡を直す。
少し頬が熱い。
深呼吸して、水平線の更に向こうを見た。
ここは山陰の海岸だ。
彼の言うとおり確かにわたしたちの乗ってきた車以外、人工物は何もない。
白く長いなだらかな砂浜と、松の木がまばらにあるだけだった。
すぐ横には森が広がっている。その向こう側には国道が一本。少し先で道が終わっているせいか、極端に交通量が少ない。
この海岸には、その国道から車一台通れるかどうかの細い脇道を抜けて来なくてはならない。
砂浜に気持ちよさそうに寝ころぶ彼。
やや霞の掛かった太陽をまぶしそうに手で遮る。
「まるでプライベートビーチだなぁ。智姉(ともねえ)、よくこんなトコ知ってたね」
その言葉はわたしの過去の記憶に少しだけ触れた。
「そやな。ちょっと、な」
短いデニム地のスカートを押さえながら、彼の隣に座る。
彼を見ると微笑むような顔で目を閉じていた。
「そっか」
たった、ひと言。それ以上、詮索しない。
わたしはまた遠くに目をやった。
うっすらと防波堤が見えている。
穏やかな波と風の音。
暖かな日の光が波間にきらめく。
「まぁくん……まぁくん?」
呼んでも応答がないので振り返って見ると、彼は静かな寝息を立てていた。
可愛い寝顔。小さい頃と全然変わってない。
わたしと彼、昌宏(まさひろ)君はいとこ同士だ。
本当に幼い頃は、家が近かった事もあってよく一緒に遊んだものだ。
彼が小学生に上がる頃、彼の両親は仕事の都合で関東に行ったが、それでも彼の両親は昌宏君が休みになると、彼と共にわたしの家まで遊びに来ていた。彼の両親は、よほどわたしの両親と仲が良かったようだ。
そんな幼なじみのいとこ同士。
一緒にお風呂に入ったこともある。
お互いの体に興味が湧いた頃には、見せ合ったり触り合ったりもした。
更に年齢が上がるにつれ、それはエスカレートした。
挿入する事以外、新しい知識を身につけてはなんでも試していたのだ。
あれから何年経っただろう。
彼は成長し滅多にうちに来なくなった。今は大学生だ。
わたしも大阪に出てそのまま就職し、普通のOLなんかをやっている。
それまでの間、わたしは何人かの付き合って欲しいと頼まれた男たちと、しばらく恋人のような関係を持った。しかし彼らに興味が湧く事はなく、全て不毛に終わった。もちろんセックスどころかキスさえもしていない。
いや、正確にはこの海岸に連れてきてくれた人とは、キスをしてしまった。
だが、そのキスはわたしに違和感だけを残した。
結局のところ、昌宏君との幼い性的な遊戯の記憶が快感と罪悪感をひとつにして、わたしの中で澱となって沈んでいる、という事を再認識しただけだった。
それが先日。
唐突に彼がわたしに連絡してきたのだ。
夜。仕事を終え、マンションの自室へ帰ってきたときだった。
通勤着を脱いでジャージに着替えていると、不意に携帯電話が鳴った。
見た事のない電話番号。
わたしは即座に切った。しかし、それは執拗だった。
十二回目でついに根負けして電話に出た。
「しつこいねん。ええかげんにしぃや」
「智姉、相変わらず怒ったら冷静で怖いな。昌宏だよ。覚えてる?」
忘れるはずがない。彼の声だった。
電話を落としそうになる。
「えっ、ま、まぁくん!?」
「うわ、智姉が慌てるなんて初めてだね」
確かにこの時ほどのパニックに陥った事は、それまでの人生では有り得なかった。
「当たり前やろ。なんやのん、いきなり電話してきて。番号なんで知っとんのよ」
「いや、だってそりゃ叔父さんに聞けばわかるって」
「あ、ああ、それはそうやな、うん。そうや」
当たり前の事さえ気が動転して解らなくなっていた。
彼は電話口でさらにわたしを追い詰めた。
「それで……あのさぁ智姉、今度逢えないかな。昔……みたいに」
“昔みたいに”
わたしの心は震えた。
相当、動揺した。
なんとか口から出た言葉はまるで怒っているようだった。
「それ……どういう意味やのん?」
彼はしばらく黙っていた。
やがてぶっきらぼうに応えた。
「そういう意味」
わたしの脚から力が抜けた。立っていられない。
よろよろとベッドに倒れ込む。
息が荒い。呼吸困難だ。
彼にそれを悟られないように、できるだけ息を整えてから。
ひと言だけ真っ直ぐに聞いた。
「あたしとヤりたい言う事やな?」
一瞬、返答がなかった。
彼は電話の向こうで照れているのか、とつとつと応えた。
「……智姉らしい直球だなぁ。あーでもまぁそのぉ……うん、そうだよ。そゆこと」
顔が熱い。喉が異様に渇く。
心臓の鼓動がどんどん早くなる。
わたしは言葉が欲しかった。そう、決定的な。
「なあ、あたしの事、どう思てるん?」
彼の息を吸い込む音が聞こえた。
「そ、それは逢ってから」
「いや。今、聞きたい」
彼の吐息が激しくなる。
わたしは無言で待った。
やがて彼の息が一瞬、止まった。
彼は叫んだ。
「す、好き、だよ。智姉!」
それは、わたしの心臓が最も大きく跳ね上がった瞬間だった。
顔だけではなく体中が火照るのを感じた。
「めっちゃ嬉しい。ありがとぅ」
彼が静かに言った。
「俺、ホントはずっと好きだったんだ。でも、いとこ同士だから言えなかったんだ。ごめん」
滲む涙を手で拭いながら応えた。
「うん……あたしもなんよ。まぁくん……」
緊張したのか、彼の言葉に敬語が混じる。
「あ、はい。いや、そうだったんだね」
それを可愛いと思いながら、自分の気持ちを正直に伝えた。
「そいで……今、ちょっとだけしたくなってんけど……」
彼の頓狂な声がした。
「ええっ?」
わたしは自分のジャージの中に手を滑らせた。
「ん……はぁ、携帯電話でテレホンセックスはまだ、んん、した事なかったやんか……」
わたしは熱い乳房を手のひらでゆっくり揉みしだく。
じわり、と快感が広がる。
硬くなった乳首を人差し指と親指でつまんだ。
それだけで鋭くわたしの子宮が反応した。
「ふぅっ!」
「……ったくしょうがない人だなぁ。どうして欲しいの?」
確かに彼の声だ。それは解っている。でも、その全てがわたしの求めていた彼の声の“形”なのだ。
ずっと、何年も求めていた。そう。幼い頃から、ずっと。
「んん……まぁくん……キスして」
「こう?」
電話の向こうから、彼の吐息と口づけする音がした。
「んん……舌も、入れて」
「うん」
お互いの妄想が交錯する。
響く口唇の水音。
「はぁはぁ、あたし、今、ベッドにジャージで寝てんねん……色気ないけどごめんな」
彼は少し笑う。
「俺も同じだよ。ベッドにトレーナーで寝てる」
「ふふ……まぁくん……あたしの胸、触って……」
「うん、じゃあ、服の上から揉むよ」
彼の言葉は自動的にわたしの指から具現化される。
わたしは自分の胸を服の上からもう一度、愛撫し始める。
「ん……」
「うわぁやっぱりスゴイなぁ。智姉、また大きくなった?」
「んぁ! そうやな、最近ちゃんと計ってないけど……Fはあるよ」
「すげぇ……ね、乳首、舐めてもいい?」
「あかん……言うても聞かへんねやろ……」
「うん、じゃあ、背中上げて。ジャージをまくり上げるから」
彼の言葉が電話から耳に入り、わたしの中で熱に変換される。それはわたしの心の甘い蜂蜜をとろかした。
わたしは催眠術に掛かったように自分でジャージをまくり上げる。
うっすらと桜色になった乳房が窮屈な服から解放された。
「じゃあ、吸うよ」
指を口にくわえ、唾液で濡らすと自分の乳首をいじった。
「あ……っ! そんなに強ぅ吸わんと、い、て……」
「だって、こりこりになってるから、つい……」
「うん……まぁくんがエロいから、すごい硬うなってるんや」
「それは智姉だろ……ほら、もうパンツからエッチな汁が染み出してるんじゃない?」
「なんで解るん? ……ホンマもうめっちゃ濡れてるんよ……壊れたみたいや」
「ほうー。じゃ確かめるよ。お尻上げて。パンツごと脱がすから」
あたしは腰を上げて、股間の部分だけ色が濃くなったジャージの下をショーツごと脱いだ。
「ホントだぁ。智姉のここ、すごく濡れてる……もっと良く見せて」
「ああ! そんな見んといてよぉ」
わたしの芯がその視線に反応し、愛液が泉のように溢れる。
彼の喉がごくり、と鳴った。
「はぁはぁ……知姉のここ、すごくきれいだよ。ね、指、入れていい?」
「うん……ゆっくりな」
彼の無骨な指がわたしの濡れそぼった秘唇に中に入ってくる。
「うあ、ああ」
「痛い?」
「ううん、きもちいぃ……」
「二本でも全然大丈夫だね……足、もっと開いて。動かすよ」
彼の指が内側をゆっくり出入りする。
「うう、ふ、うん」
中が指の形に広がって、まとわりついている。
「もっと速く動かして」
「うん」
淫水の上げる音がいやらしく部屋に響く。
腰が勝手に浮き上がる。
「あ、あっあっ、ああ」
「はぁはぁ、気持いいの? ここ?」
「うん、クリトリス、もっといじってぇ」
わたしは腰を突き上げ、揺れる。
携帯電話を持つ手から力が抜けそうになる。
もう片方の手の指は、恥毛の上から覆うように中で出し入れを繰り返す。
「俺も智姉で、はぁはぁ、擦ってるよ」
「うん、う、擦ってぇ、わたしでイッてぇ! あああ!」
クリトリスを親指で潰すようにこねくり回す。
そうしながらも、指の速度がだんだん速くなる。
「はぁっ、はあぁっ! まぁくん! きもちい! きもちいい!」
「と、智姉、ああっ、俺もいいよ!」
頭の中で彼の声がぐるぐると回る気がする。
だめだ。快楽だけがわたしを支配する。
「ああっ、いき、いきそぅ……う、ん、いきそう」
「俺の指、いいの? 俺の指でいくの?」
「う、ん、まぁくんの指が、いいのぉ! あああ! まぁくんの指で、いかされるのぉ!」
卑猥な言葉を平気で口走る。唇が湿り、よだれも垂れている。
まるで獣のようなわたし。でも、それがさらに快感を高めた。
「ああ、俺も、い、いく、いくいく」
「いって、いって! わたしで、いってぇ! あ――っ、あ――っ」
口が大きく開かれる。
背中をのけぞらすと、踵が上がった。
高くわたしの秘部が突き上げられ、淫液が乱れ飛ぶ。
絶頂を求めるだけの指の動き。
「まぁくん! 好き! 好きぃ! あたし、いくの、いきそう、いく、いきそ、い、いく!」
「と、智姉! 俺も、好きだ! で、出る、出る出る――ッ!」
「あああっ! いっくいっくいっくぅ――ッ!」
「うわぁ――っ!」
「ああああ――ッ!」
それから。
わたしは彼と逢う約束をした。
そして今日。
わたしは彼を車で連れ出し、この海岸に来た。
わたしはよく眠っている彼の頬を優しく撫でて。
軽く開いた唇に、わたしの口を付けた。
「んん……?」
彼が一瞬、驚いて目を開けた。
わたしはほんの少し、唇を離す。
「あんな、まぁくん」
「ん?」
「わたし昔な、ここ来た事あるねん」
「あ、そうなんだ」
「うん……」
会話はそれだけで途切れる。
わたしは彼の素っ気ないが優しい眼差しの返事に、安心感を覚えた。
わたしの過去になにがあっても気にしない彼。もしかすると、そういうそぶりだけなのかもしれない。でも、それでもわたしは嬉しかった。
彼の隣にわたしも寝転がる。砂が少しひんやりした。
横を向き、彼の胸の上を撫でるように腕を乗せる。
不意に彼が口を開いた。
「ね、智姉」
「ん?」
「髪短いの、似合うよ。可愛い」
「年上に可愛いとか言わんといて。でも嬉しい。ありがとう」
わたしは微笑んだ。
◇
わたしが幼い頃、彼を受け入れていたのは要するに彼の事を好きだったからだ。
いとこ同士でしてはいけない事だと解っていても、抗えなかった気持ち。
好き。
まだ罪悪感は疼く。しかし今、わたしのこの気持ちは誰にも負けないと思った。
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