それから。
俺たちは、Hをしまくったかというと、そう言うワケでもない。
そりゃあ、お互いを求める気持ちはあるけど。でも、そればっかりになるのは、なんか嫌だった。
たぶん、Hだけの関係みたいになるのが、不安なんだ。
一学期の終業式が来た。
みんな、もう期末試験の結果なんかどうでも良くて、明日からの夏休みのことで頭がいっぱいだ。
校長の長い話をなんとかやり過ごして、講堂から教室に戻る。
窓から差し込む陽光はまぶしい。夏の太陽の高さだな、と思う。
教室のあちこちで、色々な計画の話が持ち上がっている。
俺は机に腰掛け、そんなクラスの喧噪を聞きながら窓の外を眺めていた。
楽しそうだな。俺も涼夏とどこか行きたいな……。
うん、そうしよう。涼夏はどこだろ、と振り返ると待っていたように彼女がいた。
強い夏の光が、彼女の美しい姿を浮き上がらせている。
思わず、見とれた。
ふと、なにか言いたげな表情に目が留まる。
「どうしたの」
涼夏は目を伏せ、少しためらった。
だがすぐに、いつものように冷静な顔になると、やや大きな声で言った。
「子供が出来たらしい。産んでも良いか」
教室から音が消えた。
外で鳴くセミの声だけが聞こえた。
次の瞬間、いっせいに驚きの声や、罵倒の言葉が上がる。
「おまえら、そんなとこまで行ってたのかー!」
てか、付き合ってんのバレてるし!
「アンタ、サイアクー! ちゃんと責任取りなさいよ!」
「お前、表へ出ろ!」
「抹殺してやるぅー!」
俺は立ち上がって叫んだ。
「うっせーよ! みんな黙れ!」
静かになる教室。
避妊は、きっちりしていたつもりだった。
だが、彼女ができたというのなら、そうなのだろう。
うん。
時期が早い気もするが、覚悟はしていたんだ。迷いはない。
涼夏も初めての日、俺に覚悟を見せてくれた。今度は俺の番だ。
俺は深呼吸した。
涼夏の手をとって、できるだけ落ち着いた声で言った。
「産んでくれ。責任は取る」
もう一度、深く息を吸い込み、真顔で思いを言葉にする。
「結婚しよう」
……あれ、なんだ、この変な空気は。
涼夏は呆気にとられている。
「いや……わたしは、冗談、のつもりだったんだが……」
……
……
……なんですとーっ?
足から力が抜けて、椅子にぺたんと座り込んだ。
教室からは軽く笑いが起こり、やがて、盛大な拍手が巻き起こった。
「すげえ! かっこいいじゃん!」
「いいもん見れた! 俺もがんばるよ!」
「涼夏を大事にしなさいよー! じゃあね!」
みんなは、俺たちに祝福の言葉を投げかける。中には泣いてるヤツまでいた。
やがて、みんなは微笑みの中で教室を後にして行った。
俺たち以外誰もいなくなった教室。
俺は机に顔を横向きに置いて、ぐったりしていた。
涼夏はしゃがんで、机の端にちょんと、両手を掛けた。
机の向こうから顔を出して、俺の顔を覗き込む。
「冗談が下手ですまない。でも……」
一瞬、彼女の声が詰まった。
「う、嬉しかった。ほ、本当に……う、うれ、し……う……」
顔が机の向こうに消えた。涙声。
俺は彼女の頭を撫でる。
彼女もまた、不安だったのかも知れない。
「次は本当に、本当のときにしか、言わねーからな」
彼女は無言でうなずく。
俺は体を起こし明るい声で話しかける。
「よし、じゃあ夏休み、どうする? 勉強会ってのは、とりあえず後回しで」
涼夏はハンカチで目を押さえながら、ゆっくり立ち上がる。
「なら……海に、行きたい」
「うん、いいね!」
俺はカバンを持って勢いよく立ち上がった。
連れ立って教室を出た俺たち。
校舎の影が、短く色濃く落ちている。
太陽を背にして校門に向かう。
校庭の真ん中あたりで、背中がやたら暑くなってくる。
「あっちぃ! ホント、夏だなぁ」
それを聞いて、涼夏が微笑む。
その涼しげなまなざしで俺の顔を見た。
「しかし、わたしたちの本当の愛が始まるには、良い季節だと思わないか?」
そう言って、俺にキスをした。
うん、そうかも知れない。
暑い夏。
この、俺たちの季節は始まったばかりだ。
なにも焦ることはない。
涼夏と俺は、広く深い青空を仰ぐ。
入道雲が、校舎の向こうに湧き上がっていた。
END
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