[始まる季節]
9:始まる夏
1:彼女のいたずら へ
2:わたしたちの部屋 へ
3:君に身をゆだねたい へ
4:世界一柔らかい攻撃 へ
5:花びらの秘境へ
6:若草萌える へ
7:初めての繋がり へ
8:閃光の時 へ
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 それから。
 俺たちは、Hをしまくったかというと、そう言うワケでもない。
 そりゃあ、お互いを求める気持ちはあるけど。でも、そればっかりになるのは、なんか嫌だった。
 たぶん、Hだけの関係みたいになるのが、不安なんだ。

 一学期の終業式が来た。
 みんな、もう期末試験の結果なんかどうでも良くて、明日からの夏休みのことで頭がいっぱいだ。

 校長の長い話をなんとかやり過ごして、講堂から教室に戻る。
 窓から差し込む陽光はまぶしい。夏の太陽の高さだな、と思う。
 教室のあちこちで、色々な計画の話が持ち上がっている。

 俺は机に腰掛け、そんなクラスの喧噪を聞きながら窓の外を眺めていた。
 楽しそうだな。俺も涼夏とどこか行きたいな……。
 うん、そうしよう。涼夏はどこだろ、と振り返ると待っていたように彼女がいた。
 強い夏の光が、彼女の美しい姿を浮き上がらせている。
 思わず、見とれた。
 ふと、なにか言いたげな表情に目が留まる。
「どうしたの」
 涼夏は目を伏せ、少しためらった。
 だがすぐに、いつものように冷静な顔になると、やや大きな声で言った。
「子供が出来たらしい。産んでも良いか」

 教室から音が消えた。
 外で鳴くセミの声だけが聞こえた。

 次の瞬間、いっせいに驚きの声や、罵倒の言葉が上がる。
「おまえら、そんなとこまで行ってたのかー!」
てか、付き合ってんのバレてるし!
「アンタ、サイアクー! ちゃんと責任取りなさいよ!」
「お前、表へ出ろ!」
「抹殺してやるぅー!」
 俺は立ち上がって叫んだ。
「うっせーよ! みんな黙れ!」
 静かになる教室。
 避妊は、きっちりしていたつもりだった。
 だが、彼女ができたというのなら、そうなのだろう。
 うん。
 時期が早い気もするが、覚悟はしていたんだ。迷いはない。
 涼夏も初めての日、俺に覚悟を見せてくれた。今度は俺の番だ。
 俺は深呼吸した。
 涼夏の手をとって、できるだけ落ち着いた声で言った。
「産んでくれ。責任は取る」
 もう一度、深く息を吸い込み、真顔で思いを言葉にする。
「結婚しよう」

 ……あれ、なんだ、この変な空気は。
 涼夏は呆気にとられている。
「いや……わたしは、冗談、のつもりだったんだが……」
 ……
 ……
 ……なんですとーっ?
 足から力が抜けて、椅子にぺたんと座り込んだ。
 教室からは軽く笑いが起こり、やがて、盛大な拍手が巻き起こった。
「すげえ! かっこいいじゃん!」
「いいもん見れた! 俺もがんばるよ!」
「涼夏を大事にしなさいよー! じゃあね!」
 みんなは、俺たちに祝福の言葉を投げかける。中には泣いてるヤツまでいた。
 やがて、みんなは微笑みの中で教室を後にして行った。

 俺たち以外誰もいなくなった教室。
 俺は机に顔を横向きに置いて、ぐったりしていた。
 涼夏はしゃがんで、机の端にちょんと、両手を掛けた。
 机の向こうから顔を出して、俺の顔を覗き込む。
「冗談が下手ですまない。でも……」
 一瞬、彼女の声が詰まった。
「う、嬉しかった。ほ、本当に……う、うれ、し……う……」
 顔が机の向こうに消えた。涙声。
 俺は彼女の頭を撫でる。
 彼女もまた、不安だったのかも知れない。
「次は本当に、本当のときにしか、言わねーからな」
 彼女は無言でうなずく。
 俺は体を起こし明るい声で話しかける。
「よし、じゃあ夏休み、どうする? 勉強会ってのは、とりあえず後回しで」
 涼夏はハンカチで目を押さえながら、ゆっくり立ち上がる。
「なら……海に、行きたい」
「うん、いいね!」
 俺はカバンを持って勢いよく立ち上がった。

 連れ立って教室を出た俺たち。
 校舎の影が、短く色濃く落ちている。
 太陽を背にして校門に向かう。
 校庭の真ん中あたりで、背中がやたら暑くなってくる。
「あっちぃ! ホント、夏だなぁ」
 それを聞いて、涼夏が微笑む。
 その涼しげなまなざしで俺の顔を見た。
「しかし、わたしたちの本当の愛が始まるには、良い季節だと思わないか?」
 そう言って、俺にキスをした。

 うん、そうかも知れない。
 暑い夏。
 この、俺たちの季節は始まったばかりだ。
 なにも焦ることはない。

 涼夏と俺は、広く深い青空を仰ぐ。
 入道雲が、校舎の向こうに湧き上がっていた。

END


1:彼女のいたずら へ
2:わたしたちの部屋 へ
3:君に身をゆだねたい へ
4:世界一柔らかい攻撃 へ
5:花びらの秘境へ
6:若草萌える へ
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